異国に住むこと 第4回「猫に交番」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

夏になると自転車で移動します。歩いたり自転車に乗ったりすると、ゆっくり周りの景色を見ることができます。このあいだ自転車に乗ったら「ブーケ」という看板を見かけました。「ブーケ」という言葉はフランス語由来で、もともとの意味が「小さい林」だそうです。18世紀にローンワードとして英語に入り “bouquet”、いわゆる「花束」という意味を持つようになりました。この看板を見て、意味よりも発音について考え始めました。

英語を教えているとよく分かりますが、日本人の学生は英語の発音にこだわります(“l”と“r”の違いが有名な例です)。でも外国人、特に英語圏の人が日本語でつまずくポイントには、なかなか気づかないのではないでしょうか。「ブーケ」はその一つの例になります。

英語の“bouquet”は、音楽に例えると2ビートで発音します。「ブ」と「ケ」で1・2のビートです。でも日本語では、「ブ」と「ー」と「ケ」の3つのビートになります。このように延ばされた母音は英語圏の外国人には聞き取りにくく、正しく使うのは難しいのです。というわけで、わたしは「スープ」「ボート」「ソープ」、アップロードやダウンロードの「ロード」をつい「ー」なしで書いてしまいます。わたしの耳には「スープ」ではなく「スプ」に聞こえるので、書くときも言うときも意識的に延ばすようにしています。忘れるときもありますが、自分の体験から言うと日本人は文脈によって、わたしが言いたいことをちゃんと把握してくれる場合が多く、今までそれほど問題にはなりませんでした。また、わたしの発音が間違っていても理解してもらえるので、あまり直してもらえなかったのかもしれません。

でも、わたしには幸せなことに、このような間違いを丁寧に直してくれる友人がいます。その友人のおかげで何かと「微妙」な発音の単語に気づき、さらに気をつけて言うようになりました。例えば「ふりん(不倫)作り体験」ではなく、「ふうりん(風鈴)作り体験」です。わたしが間違うのは、このようになぜか微妙な言葉になることが多く、あまり大きな声で言えない話ばかりなので、このあいだ、ある英語圏の方が言ったことを例に挙げたいと思います。

「Aさんは日本のことわざを知っていますか」と聞かれたAさんのその答えに、日本人の先生が笑いました(ちなみに、わたしは笑いませんでした。ということはつまり、気づかなかったのです)。以前、その先生とこのような話はしましたが、実際に別の人の口から聞くと「やっぱり長い母音がわからないんだ!」と驚きました。問題になったことわざは「猫に小判(こばん)」ですが、Aさんの答えは「猫に交番(こうばん)」でした。その後、「豚に真珠(しんじゅ)」と「豚に心中(しんじゅう)」という例も考えつきました。

面白いことに、この2つのことわざの意味に違いはありません。下の絵を見てもらえると分かると思いますが、猫には小判も交番もどちらもいりません。かろうじて想像できるのは、迷子になった猫にとって交番は役に立つかもしれない、ということですが、猫には他に交番に用事はないと思います。また豚は、真珠を見て無意味で無価値と感じるでしょうが、心中を見ても無意味で無価値と感じるはずです。

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(↑と、こういうわけで、授業ではなるべく絵を描かないようにしています)

母語だけを使っていると、気づかないことが多くあります。外国語を勉強することによって、母語の特徴と「変なところ」が分かるようになります。ですから今度、英語圏の知り合いと日本語で話しているときに「◯◯ちゃんがきょせいする」と言われても、それは歯の話だと、つまり「去勢」ではなくて「矯正」だということがわかるでしょう。