シンプルに「楽しい」って、大事なことだと思います。

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Interview - 寺地美穂さん/サックス奏者

寺地美穂さんがアルトサックスと出会ったのは、高校の吹奏楽部でのこと。6歳から習っていたピアノは持ち運びができない楽器。持ち歩ける楽器に憧れがあったという。フルートやオーボエ、ホルン、トロンボーンも試しに吹いてみたが、「いいな」と思ったのはサックスだった。音が出しやすいし、何より音色が魅力的だった。もちろんこのときには、まさか将来プロのサックス奏者になるとは思いもしなかったが。

最初に留学ありき。そして
目標に定めた音楽療法士の道

高2のとき、カナダのアルバータ州への2ヵ月の短期留学を体験。ホームステイ先での生活を含め「単純に楽しかった」という。

「基本的に私、すべてのことが『楽しい』からはじまるんです。今までとは違う新しい環境に飛び込んで、もちろん英語なんか本当に下手くそで、大してコミュニケーションも取れていなかったと思うんですけれど、それでも自由な雰囲気だったり、そういう面にすごく憧れました」

カナダでの楽しい経験は「高校を卒業したら北米の大学に行きたい」という思いにつながっていった。そして留学して何を勉強しようかと思ったときに興味を引いたのが、音楽療法士だった。もともと音楽は大好き。何か仕事につながったら素敵だな、と思っていたところに「音楽療法*」の文字が目に入った。アメリカ発祥といわれているが、日本ではまだあまり知られていなくて情報もわずか。「だから逆に惹かれたのかもしない」と寺地さんは振り返る。

NY州立大学をめざして、課されたTOEFLのスコアをクリアし、実際に進学したときに困らないようにアメリカの大学と同じ講義形式のトレーニングを積む。簡単だったわけでは全然ないが、はっきりとした目標があったから大変とは思わなかったという。

高校卒業から10ヵ月後の2004年1月、NY州立大学ニューパルツ校に入学。19歳の旺盛な吸収力を刺激するアメリカでの4年間がはじまった。

*音楽を聴いたり、実際に演奏することで、手足がほとんど動かせなかった人が手をたたけるようになったり、記憶があいまいな人が歌詞を思い出すなど、音楽によって心身の障害を回復、機能の維持改善、生活の質の向上などを行う。

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進路を変えようと思うくらい
衝撃的だったジャズとの出会い

アメリカに行って初めて知ったこと。そのひとつがライブの音楽だった。大学近くのレストランやバーで普通に行われているライブ。チャージは学生にも手ごろな4ドル5ドルで、音楽ジャンルは多岐にわたり、レベルの高い演奏に触れることもできた。その中にジャズがあった。ジャズはまったく未知の世界、それだけに衝撃的だった。即興的に入るアドリブなど音の厚みと複雑さが心にくいこみ、そして、しみていった。

「こういう世界があるんだ、と思いましたね。いっぱいいろんな音楽に触れられたことは大きくて、音楽自体の魅力にもっともっと触れたい、サックスをもっと追求したいと思いました」

音楽療法士をめざしてアメリカに来たものの、違う思いが芽生えはじめる。音楽で人を元気にしたい、それには変わりない。ただ自分が追求したいのは、より多くの人に音楽で語りかけること。大学2年を迎えてすぐ、20歳のときにプレーヤーの道へと方向転換した。

「アメリカの大学では、学びたいものが変わったときに自由に変更できる。そこもいいなと思いました。勉強してみないと、本当にそれが自分の行きたい道か自分に合っているかわからないかもしれないし、実際に私がそうでしたから」

大学の友人と一緒に近くのライブハウスに出たり、レストランやバーで演奏したり、小さな催しに参加したり。新たに専攻したジャズ・スタディーズは、実際にパフォーマンスも勉強する科だった。

「初めてライブに立ったとき、演奏している私たちの目の前でお客さんがすごく盛り上がって踊っていました。自分のやったことに対してダイレクトに誰かが喜んでくれたり、ハッピーになっている状況を目の当たりにして、こんなに楽しいことがあるんだ、って思った記憶があります」

それは、音楽には人を元気にする力があると信じる、その思いをさらに強くしてくれる情景でもあった。

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情熱には
人を動かす力がある

20130627_03寺地さんの話には「大変だった」とか「きつかった」という苦労の言葉がない。まるで苦労がなかったわけでもないだろうが、「できないことはできるようになりたいし、難しい部分があっても面白みのほうが大きかった」と話す。

プレーヤーへの道を歩きはじめた20歳のとき、5年間は追求してみようと期間を決めて動き出した。大学最後の年には一時帰国して、札幌のミュージシャンと故郷でライブに立つ機会ももてた。

「自分で動かなければ何もはじまらないし、一人ではできないことばかりです。失敗を恐れないでやってみるしかないと、今でもそう思っています。うまく行くかどうかは誰にもわからないし、それは自分の努力次第のことなので…。本当に好きなら『好き』という気持ちは周りに伝わるし、その熱意や情熱には人を動かす力があると思っているんです」

高校のころから、サックスは一生続けようと思っていた。それほど音が魅力的な楽器だった。アルトのほかに、ソプラノやテナーなどサックスにもいろいろあるが、総じてサックスは「とても人の声に近い音」。吹く人によってまるっきり音が違い、追求すればするほど音自体が変わってくる。心の色が映る、そんな感じかもしれない。

「サックスが好きなので、できればプレーヤーでずっといて、何歳になっても音は追求していたいですね。いろんなことを経験すると感じられることも変わって、出る音も違ってくる。それをとても楽しみにしているというか。もっといろんなことを経験して、それを音に表したいと思っています」

10年20年後、さらにその先、寺地さんの時どきの心の音を聴いてみたいと思った。

 

取材協力/musics hall café(ムジカ ホール カフェ/札幌)
文/佐藤まゆり 写真/小森学