失敗を恐れず前に進めば、新たな道が開けると信じて。

20130717_01

Interview - 平井麻貴さん/旭川大学高等学校 英語科教諭

小学5年生のときに父親の仕事の関係で渡米。1年で帰国し、旭川の小学校を卒業した後、再び家族3人でアメリカへ。現地の中学に通い、高校に進学した翌年、両親は帰国。一人アメリカに残ることを決め、ホームステイをしながら高校へ。そしてさらに、ピッツバーグ大学に進む。気がつけば日本語より英語のほうが話すのもラクになっていたという、平井麻貴さん。アメリカでは感じなかった異文化を、帰国した日本で感じる逆カルチャーショックも体験した。

アメリカは、私を鍛えてくれた
第2のふるさと

多感な時期をアメリカ文化の中で過ごしてきた平井さんが、帰国した日本でとまどったこと。それは例えば、開店時に最敬礼でお客さまを迎えるデパートの接客に象徴されるような丁寧さや細かさ。「アメリカはすごく大ざっぱなのでね」と笑う。そしてもうひとつ「ん?」と思ったのが、「みんなで一緒に同じことをやりたい」という日本人の感覚。「◯◯さんが行くんだったら行くよ」と言われると、「なんで自分で決めないの?」と思ったという。今ではそうした言動を「日本人の気質・文化」と思えるが、帰国当初は不可解だった。

「日本に戻ってもう10年以上になりますけれど、アメリカに帰ると『ただいま』っていう感じでほっとする部分があります。私にとってアメリカは、第2のふるさと。でも、日本に戻ってきたらきたでほっとする部分があります。まったく違うのに、それぞれにほっとする。不思議な感覚ですね」

アメリカでの経験から培ったものは?という問いに、平井さんは「度胸」と言って笑う。アメリカ暮らしの間には、いい経験も悪い経験も挫折もあった。勉強を教えてくれる仲のいい友だちにも恵まれたし、逆に、日本人ということで心ないいじめにもたまにだが遭った。中学生のときは英語がまだあまり話せなかったので、暴言に対して言い返すことができず悔しい思いもした。それでも持ち前の強さで落ち込むことなく、「口で喧嘩ができるくらい英語を話せるようになってやろう、という気持ちがあった」という。

「そういったさまざまなことを乗り越えてきたから、ものに動じなくなったというか、今があるんだと思います」

20130717_02

教育実習を受けようにも
日本に母校がない…

20130717_05アメリカで大学院に進もうと考えていた矢先、父親が体を壊し、帰国。旭川では仕事が見つからず、札幌に出て就職活動をした。決まった先は、留学をめざす日本の高校生が通う教育機関。自分の体験が活かせる職場だった。

日本の高校生と触れ合ううちに、もっと本格的に関わってみたいと考えるようになる。それが、高校の英語教員をめざすきっかけだった。仕事をしながら日本大学の通信教育を受け、教員免許の取得に向けて励む。そしていよいよ教育実習という段になって、壁が立ちはだかった。故郷の旭川どころか日本国内のどこにも母校がない。頼る先がないまま、インターネットで見つけた旭川の高校のリストに沿って片端から電話をかけ、教育実習を受け入れるか聞き回った。

「卒業生じゃないと受け入れられないんですよね、と断られに断られて、『教育実習を受けないと教員免許が取れない、どうしよう』と思いました。そんなとき『受け入れますよ』と言ってくださったのが、この旭川大学高等学校でした。6校目くらいだったでしょうか」

壁を乗り越えたその先には、新たな道も開かれていた。運や巡り合わせもあっただろうが、当時の教頭から「次年度の英語教員の採用があるから応募してみないか」と言われ、採用試験を受ける。結果は、合格。2009年、念願の英語教諭として旭川大学高等学校の教壇に立った。

教室は間違ってもいい場所、
振り返ったときにわかるのが人生

アメリカで教育を受けてきた平井さんが授業で心がけていることは、「間違ってもいいんだよ」という雰囲気づくりだ。アメリカでは「答え、わかる人!」と先生が聞くと我も我もと手が挙がるが、日本ではまず挙がらない。積極的に挙げる子はごくわずか。答えが合っているのに、言おうとしない。

「わかっているのだから、それを口に出して言えばいいだけなのに…なぜだろう、と思いました。間違っていたらという不安があるのかもしれないけれど、教室は間違ってもいい場所。新学期が始まった4月当初は、生徒たちにもそういう話をして『間違ってもいいからね』という雰囲気づくりをしています。なかなかうまくいきませんけれどね」

進路の選択などでも「失敗を恐れず前に進んでほしい」と平井先生は話す。前に進めば、次の道が開ける。失敗したら、また違う道を探せばいい。それは、自分自身の体験からきていることでもある。

ピッツバーグ大学でのこと。医学の道をめざして入学したが、1年の生物学の授業で人生初の“F”評価を取ってしまう。“F”は“Failure”、つまりは単位を落としたということ。高校まではオール“A”に近い成績だっただけに、ショックだった。医学への気力を失い、挫折。新たに興味を持った心理学に専攻を変える。しかし、その心理学も家の事情で大学院へは進めなかった。

「でも、日本に帰ったらまた別の道が開けるんじゃないかと考えました。実際いろいろな縁がつながって新しい道が開けた。人生の計画を立てることは大事だけれど、振り返ったときに『自分が歩んできた道がそんなに悪いものじゃなかったな』と思えればいいんじゃないでしょうか」

Apple社の創始者スティーブ・ジョブズのスピーチにも「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることはできない」「今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶことを信じて」という言葉があるように、今は自分の将来にとっていいことか悪いことかわからなくても、前に進めば10年後20年後、振り返ったときには必ずつながっている。そう思えば一歩前に進む勇気も出てくるだろう。大きな決断を前に不安を抱いている生徒がいたら、そういう話をしてあげたいと平井先生は言う。

20130717_04

コミュニケーション英語の、その前に

この4月から英語の科目名が「英語Ⅰ・Ⅱ」から「コミュニケーション英語Ⅰ・Ⅱ」に変わった。教科書もガラリと変わり、授業は原則的に英語で行われる。

「英語でコミュニケーションができる生徒を育てよう、というのはいいんですけれど、受験英語の残像が濃く、生徒の意識もまだそこにあります。和訳をきっちりしないと不安というか。文法は大事だけれど、コミュニケーション重視で行くなら大筋がわかればそれでいいように思うんです。日本語でも、新聞や小説にわからない表現や言葉が出てくるけれど、1回1回調べないで、大体意味がわかればいいっていうのと同じで。アメリカ人でも文法がめちゃくちゃな人、いますしね(笑)。受験英語から脱して、本当のコミュニケーション英語にどう転換していくか、小中高から大学受験まで一貫して考えるべき今後の課題だと思います」

ともあれ、平井先生が当面めざすところは「言っていいんだよ」「間違っていいんだよ」という、そこから。理想とする生徒とのコミュニケーションに向かって、先生もまた一歩一歩前に進もうとしている。

20130717_03

 

文/佐藤まゆり 写真/小森学