とにかく世界に飛び出す。 その経験が、飛躍に繋がる。

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Interview - Jamie Coventryさん/札幌のラグビーチーム「北海道バーバリアンズ」のコーチ・スカウト

ラグビーの強豪国・ニュージーランドから北海道に渡り、札幌のチーム「北海道バーバリアンズ」でコーチやスカウトを歴任するJamie Coventory(ジェイミー・コベントリー)さん。世界最高峰のラグビー文化を体感してきたジェイミーさんの目に映るのは、海外選手を前にした時の日本人選手が見せる「恥ずかしがり屋」な様子。そんな日本の若者を見て思う。「もっと積極的に外国人と交流して、世界のノウハウを貪欲に学んでほしい」。鍵になるのが、若いうちから海外生活を経験する「Overseas Education」だ。

NZと日本のラグビーを繋ぐ。

ジェイミーさんと北海道との関わりが始まったのが、25歳のとき。ニュージーランド・ワイカット州のチームで活躍後、選手として北海道バーバリアンズに所属してからだ。5年間の選手生活を送った後、一度は母国ニュージーランドへ戻って会社経営をしていたが、北海道バーバリアンズの誘いを受けて、再度、日本へと活動拠点を移した。

北海道バーバリアンズでは、コーチとして選手の育成を担当。そして、チームから大きな期待を寄せられているのが、ニュージーランド選手の獲得だ。

ジェイミーさんがニュージーランドでプレーをしていた頃のコネクションを活用して、成長する才能を持った若い選手を発掘。北海道バーバリアンズのチーム力底上げを図っている。2016年現在、4人のニュージーランド選手が北海道に渡ってきた。うち一人は日本への帰化を検討するほど、チームに馴染んでしまった。

ニュージーランドの選手たちは、日本に対して「生活レベルが高く、食事が美味しく、治安が良い」というイメージを持っているが、日本チームに移籍するチャンスやきっかけが多くはなかった。そこで、ニュージーランド出身で北海道のチームを知っているジェイミーさんが架け橋となって、両国のラグビーを繋げている。

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世界レベルを知ったチームが、強くなる。

2015、2016年、日本のラグビーは世界的に注目を集めた年となった。英国で行われたW杯で南アフリカとサモア代表に勝利し、リオオリンピックの7人制ラグビーでは、ジェイミーさんの母国・ニュージーランドに歴史的大金星を挙げた。

日本のラグビーが強豪国に勝利するまでに飛躍した要素の一つが、「海外の文化を取り入れたこと」とジェイミーさん。東芝やサントリーなどトップチームはニュージーランドからコーチを獲得し、ニュージーランドのシステムを導入。日本代表でも海外のラグビーノウハウを取り入れていった。日本のやり方に固執せず、積極的に先進的なノウハウを導入することが成長に繋がったという。

同様の現象が、高校ラグビーにも起こっている。九州の東福岡高校は、コーチがニュージーランドに渡り、コーチングやトレーニングノウハウを習得。強豪校として、全国に名を馳せるようになった。北海道では、日本代表キャプテンを務めたリーチマイケル選手が通った札幌山の手高校が、合宿をニュージーランドで行うなど改革に努めている。

「ニュージーランドのラグビーを導入したチーム・選手が強くなることは確実」と指摘するジェイミーさんだが、一方で「日本人選手特有の消極性がもったいない」とも話す。そのようなことを初めて感じたのは、選手として北海道バーバリアンズで活躍していた頃だ。

日本のチームメートは、ニュージーランドのラグビーについて質問してきたり、アドバイスを求めてきたりする選手が少なかった。ニュージーランド出身のジェイミーさんに興味を示しているものの、なかなか前に踏み出せない「恥ずかしがり屋」な選手が多かったという。

「日本人選手は、チームファーストでとても勤勉。チームワークが素晴らしいが、一方で成長しようとする貪欲さに物足りなさを感じました」と振り返る。

ジェイミーさんは今、北海道バーバリアンズで新たなチャレンジに取り組んでいる。17歳~24歳の6選手をニュージーランドに送り込み、ホームステイを体験しながら現地でラグビーのトレーニングを受けてくるミッションだ。この経験が、チーム力向上に繋がると期待している。

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大学時代、まず海外へ。

若いうちに世界を知る大切さは、ラグビーに限ってのことだけではない。

そもそも、ジェイミーさんが来日する理由となったのは、ラグビーではなかった。ニュージーランドの大学に通っていた21歳の頃、新潟県のスキー場などで働きながら日本を体験する目的で訪れたのが初めての日本だった。

日本語は話せない、箸は使えない、海産物が苦手。でも、仕事は日本語がメインで、下宿先では問答無用に和食。焼き魚が毎晩振る舞われた。最初は苦労の毎日だったが、「日本を知りたい」という探求心が勝った。生活するのに必要な日本語を働きながら身に付け、箸を扱えるようになり、焼き魚は好物の料理になっていった。

ニュージーランドでは、大学生が海外留学したり、働きながら海外生活を送ったりすることは珍しくない。アメリカやヨーロッパ、アジアを回り、自国以外の文化に触れ、時にはビジネススキルも学んでくる。

ひとつの国として長い歴史を持っているわけではないニュージーランドだが、ここ数十年で変化と成長が著しいという。核となっているのが、世界各地のライフスタイルや文化、ビジネスを体感してきた若者たちと、ジェイミーさんはみている。

「インターナショナルな感覚を身に付けた若者が、先進的なビジネスを起こしたり、海外の良いアイデアを自国に持ち込んだりしている」。異国に身を置き、その文化を吸収し、自国に戻ってその経験を活かす。そのような好循環が、「自国以外」を体験することで生み出されている。

一方の日本では、海外赴任や留学を希望する若者が減り、内向き志向が強まっていることが話題となっている。ジェイミーさんは、そのような日本の若者を心配する。

治安が良くて政治が安定。人々は温厚で、とても住みやすい国。「だけど、主張が強くて、すぐに怒り出す海外の人を前にすると、日本人は委縮してしまう」。スポーツでもビジネスでも、世界を舞台に闘う時、日本の文化が通用しないことを理解しているのとしていないとでは、大きな違いが生じる。

世界を知ることの鍵となるのが、若いうちから海外生活を体験すること。ニュージーランドの若者たちのように、とにかく海外に飛び出す勇気が、今の日本人には見られないという。「外国の人や文化に慣れてほしい。Overseas Education。重要になってくると思います」。

ジェイミーさんは、北海道バーバリアンズに所属するニュージーランド出身選手たちとともに、ラグビーを通して日本の子供たちが海外の人と触れ合う機会を増やす活動を模索。幼いうちから「海外」を身近に感じてもらう取り組みだ。

 

文・写真/青山達哉(サッポロッカ)  編集/小林俊三(ブルストリート)