異国に住むこと 第6回「プチ国際化」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

日本語で一般に「国際化」というと、意識的に外国語を覚えたり、外国に行ったり、道で外国人と話したりするようなニュアンスが含まれているような気がします。

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異国に住むこと 第5回「Japan : Land of the Cute」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

くまモンは11月に、熊本県知事の蒲島郁夫氏と一緒にアメリカに行きました。そして蒲島知事がハーバード大学で特別授業を行なったときにも、くまモンは同席しました。日本では、くまモンは2011年の“ゆるキャラグランプリ”優勝以来かなりの人気を得ています。しかしボストンの道を歩いていたら、それほどの注目はあびませんでした。アメリカ人はくまモンがきらい!?! それとも、アメリカ人はマスコットキャラクターがきらい!?!

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異国に住むこと 第4回「猫に交番」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

夏になると自転車で移動します。歩いたり自転車に乗ったりすると、ゆっくり周りの景色を見ることができます。このあいだ自転車に乗ったら「ブーケ」という看板を見かけました。「ブーケ」という言葉はフランス語由来で、もともとの意味が「小さい林」だそうです。18世紀にローンワードとして英語に入り “bouquet”、いわゆる「花束」という意味を持つようになりました。この看板を見て、意味よりも発音について考え始めました。

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異国に住むこと 第3回「時間対お金」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

どんな国の人間でもそうかもしれませんが、時間があるときには、お金がありません。お金があるときには、時間がありません。大学生は両方ともないケースが多い気がします。

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異国に住むこと 第2回「気づき」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

現在の職場は英語教育関係ですが、英語の授業で流行している方法があります。それは、「気づき」を利用する方法です。生徒に直接「これが過去形です」と教えるのではなく、現在形と過去形の文章の例をいくつか出して、生徒にその違いを気づかせるという教育方法です。生徒が自分の力で違いに気づくことができれば、その気づきによって生徒は好奇心を持ち、その理由を知りたいと思うようになって、さらに先生が英語の話を広げていくこともできます。

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異国に住むこと 第1回「ちょっとしたチャレンジ」

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Writer – ミシェル ラフェイさん / 北海道教育大学旭川校准教授

日本で生活を始めて20年余りになります。ときどき、なぜ自分が日本に残っているのか考えます。多かれ少なかれ仕事があるという理由はもちろんありますが、もっと精神的な理由もあります。

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ファッションの周辺 第3回「fashion life cycle」

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Writer – 金山 雄大さん / ニューヨーク州立ファッション工科大学 在学中

ファッションを学んでいる学生らしいことを、少し話させていただきたいと思います。

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キャリア教育 第2回「普通教育と専門教育」

 
Writer – 岡部 敦さん / 札幌大谷大学社会学部地域社会学科 講師

近年、「キャリア教育」ということばが流行ことばのように、あちらこちらで飛び交っています。インターンシップや企業人による講話など、小学校から高校、大学に至るまでいろいろな実践がなされ、マスコミなどでも取り上げられています。学校から職業社会への移行を視野に入れた、こうした取り組みは、今に始まったことではありません。

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キャリア教育 第1回「私とカナダ」

 
Writer – 岡部 敦さん / 札幌大谷大学社会学部地域社会学科 講師

これから、6回の連載で「キャリア形成と教育」について話題を提供します。第1回は、私の個人的な経験から書いてみたいと思います。私は、この4月に22年間勤務した公立高校の英語教師の職を辞め、私立大学の講師へと転職しました。実は、現在に至るまでの教員生活22年間のうち、半分以上を占める12年もの間、大学院に在籍し、研究を続けていました。二足のわらじということで、どちらの側にも「中途半端な存在にうつっているのではないか」という不安が常にありました。精神的にはかなりつらかったのですが、なんとか一つの論文にまとめることができました。

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